栗原一朗 |
演奏年月日 | 指揮 | 合唱 | ソリスト | オーケストラ |
2000.10.22 | 大友直人 | 晋友会合唱団 | ルートウィヒ・ミッテルハンマー | ジャパン・ヴィルトゥオーゾ・ シンフォニー・オーケストラ |
2006. 2. 4 | 大友直人 | 六本木男声 合唱団倶楽部 |
小澤賢哲 | 東京フィルハーモニー交響楽団 |
2013. 7. 3 | 大友直人 | 六本木男声 合唱団倶楽部 |
栗原一朗 | 東京交響楽団 |
栗原一朗ソロコンサート
六本木男声合唱団倶楽部第12回定期演奏会 平成25(2013)年7月3日(水)サントリーホール 大ホール |
指揮 大友直人 出演 栗原一朗(ボーイソプラノ) 合唱 六本木男声合唱団倶楽部 演奏 東京交響楽団
【第一部】日本の歌 〜故郷、夏は来ぬ、てぃんさぐぬ花、赤い靴、荒城の月、村祭り 待ちぼうけ〜
【第二部】三枝成彰: カンタータ「天涯。」(自由人の祈り)
「鉄人28号」の合唱団は今
六本木男声合唱団・・・その名を私は約8年前の映画「鉄人28号」のテーマ曲を歌った合唱団として知っていました。この映画、興業的には成功したとは言えませんでしたが、ただの冒険映画ではなく、池松壮亮演じる正太郎少年の成長物語として描かれているところに目新しさを感じました。だから、テーマ曲の合唱にしても、家庭のDVDから流れる近所迷惑にならない程度の音量の歌声は、半世紀前に「西六郷少年合唱団」が歌ったものが耳の底に残っているから、それが男声で歌われたものという以上のものを感じませんでした。その六本木男声合唱団(正式名称は六本木男声合唱団倶楽部)が、政財界や学界、芸能界で功成り名遂げた人たちの合唱倶楽部であることを知ったのは、それからかなりしてからのことでした。きっと、日本で一番忙しい人たちだろうに、定期的に集まって練習し、定期演奏会をはじめ、コンサート活動もしているということは、きっと少年時代から歌や合唱が好きだった人が集まっているからだろうな。まずは、その歌声を聴いてみよう。
でもね、このコンサートに行く本当の理由は、ボーイ・ソプラノのソロとして栗原一朗が出演するからだよ。日本で、ボーイ・ソプラノがこのような位置づけで出演することは、極めて希少な例だから。
日本の歌
マエストロ
大友直人の魔法の杖のような指揮棒が宙を舞って東京交響楽団による「故郷」の前奏が始まったとき、この曲ってこんな流麗な曲だったのだろうかという嬉しい意外性と共に、歌が始まり、140人余りの男声が揃うと、こんなに壮麗で重厚な合唱が展開されるのかという驚きにも似た気持ちが生じました。「夏は来ぬ」もまた、100年前の日本の原風景が浮かんでくるような感じがしました。予想外だったのは、4曲目の「赤い靴」。舞台の一番奥から黒い服の男たちの中から真っ白い服に身を包んだむしろ小柄な少年が端正な声で「赤い靴はいてた女の子・・・」とせっせつと歌い出すと、こんな細めの声が広いサントリーホールいっぱいに響くということに驚き、心が震えました。これが栗原一朗の生の歌声か。歌の後半は、着ぐるみのうさぎが登場し動作が入る「待ちぼうけ」があったりして、楽しませるという要素も見せてくれました。これらの曲は、観客も知っている曲なので、それをどう表現するかというところに興味がありました。しかし、面白かったのは、小倉淳・露木茂両アナウンサーによる部員の紹介。テノール1・2の高音部とバリトン・バスの低音部に分けて140人余りを紹介し、「はい。」と答えるだけなのですが、目立ちたがり屋もいれば、慎ましやかな人もおり、学級の縮図のようでもあり、まさに男はいつまで経っても少年という感じがしました。
カンタータ「天涯。」
「ぼくは祈っていたんだよ。
死んだ人があの世で退屈しないように。
なぜ、地球は丸いか知ってる?
別れた人同士がまた何処かで会えるように、
神様が地球を丸くしたからだよ。」
第1曲のわずか5行の中に、鎮魂というよりも、別れと出会い、輪廻転生をほのめかす言葉がちりばめられていました。そんな問答歌がボーイ・ソプラノのソロによって歌われ、この壮大なカンタータは始まりました。第1部で断片的に聴いた栗原一朗のボ−イ・ソプラノは、カンタータ「天涯。」では、終始一貫して金属的な響きを抑えていました。それは、この曲全体を折り目正しい清冽なものにしてくれました。私は、この壮大な詩の中で、どこにボーイ・ソプラノが使われているかを追いかけていきました。
ボーイ・ソプラノのソロは、それからも、
「千の恨みを買ったとしても。
住み慣れた土地を追われたとしても、
愛する者に裏切られたとしても。
表向き美しい世の中を
本当に美しくするために
おまえは歌え。」
と、人生の最大の苦難の中でも美しく生きることの素晴らしさを清澄な響きで歌います。
ところが、
「現世で満たされぬ恋人たちの欲望は、
彼岸に持ち越され」
という詩も登場します。恋もまた欲望と言ってよいのでしょうか。それは、最後まで謎として残りました。
視覚的には、「白雪王子と140人の大男」という雰囲気のコンサートでありました。
また、聴覚的には、初めて聴いても耳になじみやすい旋律の部分が多くても、事前に「天涯。」の詩全体を読んでから会場に来たらよかったな。字幕に現れる2行ほどの詩だけを見ていると全体が見えなくなりそうだ。
そんなことを思いながら聴いていると、最終曲が現れました。弦楽器の溜息に導かれながら、ほの暗い合唱が始まると、やがて甘い想い出を奏でるピアノ・ソロの旋律を経て、ボーイ・ソプラノの冒頭の5行が再現されたあと、男声合唱によって雄渾で壮大なフィナーレへとなだれ込みます。そして、最後に再び楚々としたボーイ・ソプラノの一節が。私は、ただその繊細で重厚な調べを追いかけていました。
東京ヴィヴァルディ合奏団 第14回ファンタジックなクリスマス 〜天使の秘密〜 ゲスト 栗原一朗(ボーイソプラノ) パペットマペット(司会・お話) 平成25(2013)年12月23日(月・祝) サントリーホール ブルーローズ |
副題が示すもの
東京ヴィヴァルディ合奏団のクリスマスコンサートの正式名称は、「ファンタジックなクリスマス」で、今回14回目を迎えます。開始当初は、ウイリアム・W/スピアマンW 近藤喬之 秋山直輝といったボーイ・ソプラノのソリストをゲストに迎えていましたが、次第に成人の女声やカウンターテノール、J−POP系のヴォーカルと移っていきました。それは、クリスマスコンサートにふさわしい声質をもった正統派のボーイ・ソプラノのソリストを得ることが日本においては難しいということも、その一因ではないでしょうか。今回フレーベル少年合唱団の栗原一朗をソリストに迎えたのは、ヨーロッパの聖歌隊のソリストを思わせる声質や、三枝成彰の「天涯。」等のこれまでのコンサートにおける実績が評価されてのことでしょう。日本を代表する室内アンサンブル合奏団のコンサートでは、ソリストに合奏をリードするぐらいの歌唱力が求められます。また、毎回このコンサートにはゲストにちなんだ副題が付けられていますが、今回は、ボーイ・ソプラノがゲストであることもあって、「天使の秘密」という副題が付けられていました。
プログラム
第1部
コレルリ: クリスマス協奏曲 op.6-8
フランク: 天使の糧 荘厳ミサ イ長調から ☆
モーツァルト:
モテット『アヴェ・ヴェルム・コルプス(おお、まことのことからだよ)』 ニ長調 K618
クリスマスキャロル「鳥の歌」(スペイン・カタロニア民謡)
グノー=バッハ: アヴェ・マリア ☆
ラター: 『レクイエム』からピエ・イエス ☆
ブリッジ: クリスマス舞曲「ロジャード・カヴァリー卿」
第2部
ヴィヴァルディ: ヴァイオリン協奏曲『四季』から「冬」
『賛美歌』から第112番 もろびとこぞりて、第111番 神の御子は今宵しも ☆
J.L.ピアポント: ジングルベル ☆
テレマン:
ヴァイオリン協奏曲 イ長調 「ひき蛙」から第1楽章 TWV51 A4
ブレイク: ウオーキング・イン・ジ・エア「スノーマン」から ☆
シークレット・ガーデン: ユー・レイズ・ミー・アップ
アンコール
ルロイ・アンダーソン:そりすべり
讃美歌 アメイジング グレース ☆
グル―バー:きよしこの夜 (☆) (☆ 栗原一朗の独唱曲)
安らぎの別世界
400席ほどのホールは、ほぼ満席。この日は独唱者の位置から5m以内の至近距離の席で聴くことができました。ヴァイオリン・ヴィオラ・チェロ・コントラバスという弦楽4部と電子オルガンの12人のアンサンブルが、定位置に着くと、うしくんとカエルくんが譜面台を持ってパペットマペットが登場。バロックなどの古楽は、東京ヴィヴァルディ合奏団のファンにはおなじみであっても、決して多いとは言えないクラシックファンの中でも限られた人にしか知られていませんので、パペットマペットの司会は、あえて無知な道化役に徹して、観客をリラックスさせて音楽を聴かせてくれました。いや、パペットマペットの起用は、クラシックファンのすそ野を広げるためでもあるでしょう。第1部の1曲目 コレルリの「クリスマス協奏曲」は、6つの楽章の流れを大きくつかんだ演奏を聴くことができました。続いて、聖衣に身を包んだ栗原一朗が登場。フランクの「天使の糧」の伴奏が始まると、弦楽器はすべてピチカート奏法で、歌い始めるとゆったりした美しい旋律の歌が浮き彫りにされ、幸福感が湧き上がってくるような気持ちになります。モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」は、むしろこれまで合唱曲として聴くことが多かったので、合奏による演奏はデッサンになぞらえていえば、今まで地であったものが図になったようで新鮮な感じがしました。スペイン・カタロニア民謡の「鳥の歌」は、カザルスの名演で有名ですが、渡部宏のチェロ独奏は、深い音色で情感豊かな演奏を聴かせてくれました。グノー=バッハ「アヴェ・マリア」でも、柔らかく透明度の高い栗原一朗の声は、なだらかな弧を描くような響きで祈りを捧げていました。ラターの「ピエ・イエズ」は、次第に音階が上がっていって、最後の繊細な高音のピアニッシモは、まさに天に届くように響き、ボーイ・ソプラノだけが表現することのできる安らぎの世界を現出しました。最近ではウィーン少年合唱団でさえ世の流れに流されて、やたらと速い演奏になっているのに、ここだけは別世界。時間がゆっくりと流れていきます。第1部の最後の曲、ブリッジのクリスマス舞曲は、初めて聴く曲ですが、哀感あふれる曲で、このコンサート全体の雰囲気を高めてくれました。ここで、パペットマペットが栗原一朗にインタビュー。現在12歳であることや電車が好きであることなどプロフィールの一端がわかりました。でも、これが副題の「天使の秘密」ではないでしょう。
ボーイ・ソプラノの運命と重ねて
第2部は、パペットマペットが意外な所から姿を現して始まりました。第2部の1曲目は、バロックの中でもとびぬけて有名なヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲「四季」より「冬」。ヴィヴァルディの故郷で人生の多くの時を過ごしたであろうヴェネチアの冬がどれほど寒いのかはわかりませんが、アルプスおろしが吹き、雪が降り積もる亜寒帯に近い荒涼な風景を想像させました。ダイハツ・ムーヴのCMにも使われている曲もありましたが、廣岡克隆の緊張感のある鋭い演奏が心に残ります。ここで、白いタキシードに着替えた栗原一朗が登場。「もろびとこぞりて」「神の御子は今宵しも」「ジングルベル」といわゆるクリスマスソングを原曲と日本語訳の両方で歌いますが、讃美歌はもとよりポップス系の「ジングルベル」さえ歌い崩すこともなく、折り目正しい清澄な歌であるところが、栗原一朗の持ち味であり、このコンサートの雰囲気には似つかわしく感じられました。ここで、片腕を振り上げて「ヘイ!」なんてやったら、そこだけが突出して喜劇になってしまいます。お笑いの部分は、パペットマペットにお任せしましょう。と思っていると、パペットマペットのカエルくんを顕彰してか、「ひき蛙」と名付けられたテレマンのヴァイオリン協奏曲が。こういうプログラミングにも東京ヴィヴァルディ合奏団の創意工夫の跡を感じました。ところで、この日の白眉は、アニメ「スノーマン」から「ウォーキング・イン・ジ・エア」と、シークレット・ガーデンの「ユー・レイズ・ミー・アップ」でした。雪だるまと少年が手を取り合って空を飛びまわるが、翌朝目覚めたら雪だるまはとけて消えているという「スノーマン」の物語の雪だるまと、ボーイ・ソプラノというやがて消えていく声のはかなさを重ね合わせて、栗原一朗の哀愁あふれる歌を聴けば、せつないものを感じてしまいます。また、「ユー・レイズ・ミー・アップ」は、「ロンドンデリーの歌」の旋律をベースに制作されたと言いますが、哀感に満ちた旋律と「あなたが祈ってくれるから私は強くなれる」と元気を与える歌詞が不思議な融合をして、聴く人のその時の心境によって慰めや癒しだけでなく励ましや生きる勇気を与えてくれる歌にもなるのが魅力的です。「歌」は、歌い手の口を離れたとき、聴き手のものになります。歌を聴きながらこの歌が、かつて「白虎隊」のエンディングで使われていた意味を考えてみました。戊辰の役で生き残った白虎隊士にとって、これからさらに降りかかってくるであろう逆境の中で強く生きていくためには、生き残った人たちの励ましと共に亡くなった仲間たちの祈りが必要だという想いが込められているのではないだろうかと想いながら聴きました。リフレインで半音上げて歌うあたりから、この歌は一層心に迫るものになってきました。
アンコールでは、東京ヴィヴァルディ合奏団も、むしろ軽快なルロイ・アンダーソンの「そりすべり」で観客をリラックスさせ、栗原一朗は、「アメイジング グレース」で、再び聖なる世界を再現しました。「きよしこの夜」は、みんな歌いましょうということでしたが、斉唱ではなくきれいな声で合唱に高める人たちがいても、もっと独唱をしんみりと聴きたいという気持ちで歌わないで聴いていました。昨日、豊麗なTOKYO FM 少年合唱団のコンサートを聴いた直後だけに、この日はそれとは全く対照的な繊細なボーイ・ソプラノのコンサートを聴いたという想いを抱きました。副題の「天使の秘密」とは、ボーイ・ソプラノの魅力とその運命ということではないでしょうか。そんなことを想いながら帰途につきました。
「音楽現代」’14 3月号 |
ボーイ・ソプラノのコンサート評が、著名な音楽雑誌に掲載されることは、極めて稀なことです。ところが、「音楽現代」
’14 3月号 142ページ(写真は136ページ)には、津嶋りえこが、平成25(2013)年12月23日にサントリーホールで行われた東京ヴィヴァルディ合奏団 第14回ファンタジックなクリスマス(独唱 栗原一朗)のコンサート評を書いています。限られた紙面の中で、栗原一朗の歌の本質について正鵠を射た批評を書いています。